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2017 年 1 月 のアーカイブ

ティバッグ

2017 年 1 月 31 日 火曜日

 朝起きて直ぐはトイレに入ってすっきりした後、口の中の唾液が気持ち悪いので「リステリン」などの口内洗浄液で”くちゅくちゅ”して口の中もスッキリさせる。その後ポットにお湯を沸かし、濾紙(ペーパードリップ)でコーヒーを漉して飲む。サラリーマン時代の朝食はご飯とみそ汁であったが、リタイア後はツレアイに敬意を表してサラダ&トースト&ヨーグルトを取っている。ということで、午前中にコーヒーは2,3杯飲んでいる。

テーバッグで入れても美味い

 午後はテニスやジムに行くのでコーヒーはまず飲まない。冬場にdachs飼主が一人で家に居るときは日本茶を飲んでいる。急須で入れると旨いのだろうが、急須は右利き専用なので左利きの身には使い辛い。また、一人だと急須のお茶は冷めてしまうのでティーバッグを湯呑に入れて飲んでいる。回転寿司で飲む粉末のお茶は美味しくない。粉末は抹茶以外は駄目だと思う。また、ペットボトルのお茶は温めるとまずくなる。
 暖かいお茶はテレビを観ているときなどはそれほどでもないが、本を読みながら熱いお茶を飲むと割合美味しいと感じるが、理由はわからない。

高い酒の効用

2017 年 1 月 30 日 月曜日

 奄美に続いて翌日26日、29日と新年会が3回も続いて、お酒疲労を起こしているようだ。もともと酒は強いほうではないのだが、割り勘負けはしたくない、というサモシイ貧乏人根性で、日本酒や焼酎をたらふく飲んでしまった。奄美では黒糖焼酎「里の曙」「れんと」「高倉」を飲み、日本酒は昨日神戸の「福寿」、熊本米焼酎は「鳥飼」、薩摩芋は「赤兎馬」を飲んだ。福寿は昨年の伊勢志摩サミットで各国首脳が美味いと褒めたことで一躍有名になった。今日もツレアイの要望でスーパーマーケットへ買出しのヘルプに行ったが、ここでも「越の寒梅」、「獺祭」、「魔王」などなど著名になった日本酒や焼酎が陳列されていた。越の寒梅などはだいぶ流通しだして3000円前後で買えるが、山口の獺祭はナント13800円もの価格が付いていた。人気があるだけの高い酒はもったいない。酒の味もじゅうぶんにわからぬdachs飼主は家では普通の安い酒で十分だ。

[tip]鶏始乳
 1/30~2/3は大寒節末候で鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)。春の予感で、鶏が小屋で初めて卵を産む頃という意味。春近しの光がスイッチとなり、性腺刺激ホルモンが分泌されるようになって初めて卵を産むようになるのだそうです。もうすぐ春ですね。 [/tip]

ダブル新年会

2017 年 1 月 29 日 日曜日

 今日はとても忙しかった。朝8時にテニスレッスンに行き、ジムでストレッチ&ランニングを行い、お昼は食事に帰ってきたが、すぐツレアイに2駅先にあるお寺に送って貰う。

約1時間座るのは修行になります

 お寺では前後半各25分の合計50分にわたる坐禅修行のあと、午後5時過ぎから新年会。新年会では参加された方からの差し入れで美味しいイチゴやノーベル授賞式に振舞われた日本酒神戸「福寿」を飲ませていただいた。お寺は街はずれにあり殆どの人は車で来られていたが、dachs飼主は徒歩でお酒はしっかりと飲ませていただいた。参加人数は10数名で賑やかに新年を寿いだ。
 締めが午後5時に行われ、dachs飼主は電車で旧テニスグループの新年会に午後6時に到着。お寺に帰りに戴いた兵庫日本酒「福寿」を持って合計8名の飲み会。こちらでは、薩摩の芋「赤兎馬」と熊本の米「鳥飼」焼酎を愉しませていただいた。昨年ハワイでのマラソン、加齢の話、ご家族の話などでこちらも盛り上がり、帰宅できたのは午後10時を廻っていた。あ、いま、そのメンバーからラインが来た。 返事をせねば・・・・。

老いの自覚

2017 年 1 月 28 日 土曜日

 友人南風さんの昨日のブログ 加齢の波を拝見し、老いを感じる・気づいた頃について考えてみた。老いには肉体的なものと精神的なそれがある。ブログの中に『失いつつあるものを思わず、残りしものを思う日々でありたい』という言葉があったが、なぜかとても感動し、老化に関してもその通りだと共感した。パラリンピックの創始者、ルードヴィヒ・グットマン博士が唱えた基本理念「失ったものを数えるな。残されたものを最大限に活かせ」がもとになった言葉と思う。心が弱っている人は、自分では知らず知らずに「失ったことばかりを数えている。それでも残ってくれているモノの有り難みに気付けずに、知らずに捨てている」悪いこころの持ち方を変えたほうが良いと説いているのが本来の意味でしょう。
 肉体的な老化への変化はいつごろから気にしだしたのだろうか? 男は「歯・眼・○○」というが、dachs飼主は老化のトリガーは頭髪であった。朝歯を磨くときに毎日顔を見るともなく見ているが、日々の変化はなかなか気づきにくい。ところが、ある時、頭頂部が気になることがあり、手鏡を組み合わせ見てみると、驚くほど薄くなっていた。あらためて、我が体をよく見ると手に「皺」や「しみ」などができ、アサセブ?(アラウンドセブンティ)にまっしぐらである。

AMAMIDES

2017 年 1 月 27 日 金曜日

もちろん、ADIDASのパロディです

 奄美旅を終えて翌日の昨日は墨田同窓会が上野で半日実施されたので、今日が本当の休息日。金曜テニスもジムにも行かず、お昼からパソコンに向かいゆったりと過ごした。4日間の旅記録をいただいたパンフの写真などもとりいれて、奄美の旅日記を完結させた。ツアー費用は航空機と3泊旅費、レンタカー代金だけだと63,300円だが、夕食や土産、犬預けなども含めると総計10万円を若干超えた。帰りの奄美空港で車に貼るステッカーを面白かったので買ってきた。今乗っている車は1昨年乗り始めたばかりで多分この車が最後になるはず。リアウィンドゥに旅の思い出ステッカーを貼ってやろう。
 今日はゆっくりできた。

墨田同窓会

2017 年 1 月 26 日 木曜日

 昨夕帰ってきて、少々疲労が出始めるころだが、今日も外に出る約束が以前から組み込まれている。先月まで足掛け2か月にわたって墨田病院で一緒に寝起きを供にしたうちの7人がJR上野しのばず口前の丸井前に集まった。居酒屋だと周りがうるさいので、幹事の配慮でカラオケ屋を2軒梯子した。自動延長制の店が多くなっているが、だいたい2~3時間以上いると高くなるというので、唄を歌わぬカラオケ屋のハシゴ宴会となった。メンバーは奄美大島の旅を紹介いただいた津島さんをはじめ、歴史通の前川さん、営業マンの福島さん、戦争戦略に強い押田さん、細菌に詳しい吉川さん、牛頭さんとdachs飼主の6人。年齢層は65歳から72歳と昭和30~40年代に青春時代を過ごした話が合うメンバー同士の集いとなった。牛頭さんは、ごずさんと読み、プロ級のロッククライマ―。彼は信心深く2回も四国88か所と高野山にお参りされたという。車で廻られたそうだが最初は11日、2回目は15日かけたとおっしゃっていた。2時集合で別れたのは7時で5時間皆でいろいろと有意義、無意味な話を取り交ぜ、楽しめた。退所してから僅か1か月の同窓会だったが、今後は、今日都合で参加できなかった人を含め、半年に1度ペースでやろうと約束した。
 WPのバージョンが4.72に更新された。

奄美4日目

2017 年 1 月 25 日 水曜日

奄美十景の一つ

 今日は13:10奄美空港発VN822便に乗らないといけない。ビュッフェで鶏飯を含み奄美の食事と珈琲を堪能し、9時過ぎにチェックアウトした。初日、飛行機の遅れと風が強すぎた所為で行くのをやめた、笠利町の「あやまる岬」と「土盛海岸」に行くことに決めた。空港に近いし、風も強くないのでちょうど時間的にも無理がないと思った。時折り雨がふる不安定な天気であったが、奄美ではそれほど珍しくないそうだ。しかし、風がほとんどなくて、ドライブも快適で、周りの景色もより美しく見える。

実は昔管制塔だった

 どちらの海も広大で美しかった。まだ時間があったので、空港を超えて奄美パークまで出張った。ここは初日にも訪れたが、広い園内をもう少し見たいとツレアイの希望で再訪。園内の外れにある相当高い展望台があったので、そこまで行って登ってきた。美しい海も空港全景も良く見える。下には滑走路の跡らしきものがあったので、降りて職員にお聞きしてみると、「この地は、旧奄美空港の跡地」と聞き、この展望台は「旧管制塔」だったと推察できた。奄美パークは県職員が中心になって運営しているのでより親切丁寧なサービスが受けられた。

いつみてもりりしく美しい

 空港近くのGSで満タンにする。15万キロ走った平成22年製のマーチだが、今回の総走行距離326キロでガソリン20Lだったので、リッター当たり16キロ強も走ってくれた。空港前で車を返却し、無事飛行機で帰ってきた。途中、富士山も見えたのはラッキーだった。奄美をたつ際には温度は15,6℃もあって暖かかったが、成田空港に着いたら5,6℃の寒さで震えた。日本の広さと寒暖差を再認識した。

[tip]水沢腹堅
 1/25~1/29は大寒節次候で水沢腹堅(さわみずこおりつめる)。最低気温の記録が聞かれ、沢の水に厚い氷が張る日とか。屋根には氷柱(つらら)、玄関前は危険な道路状況となる時期です。[/tip]

奄美3日目

2017 年 1 月 24 日 火曜日

 6時半に起床し、窓を開けると外は雨。風の次は雨か?とがっかりして、朝食のビュッフェレストランに行く。昨日お昼頃から調子の悪かったお腹の具合もなんとか回復したようだ。(びろうで申し訳ないが昨日は午後半日、おならをすると実が出そうで怖かったが、今日はちゃんとした音のみが出た)
 鶏飯、さつま揚げ、きびなご、島とうふ、油そうめんなど当地名物をいろいろ食し、おなかも問題ない。食事が終わるころには雨も止んで晴れ間が見えてきた。
 それでは行くぞ、と9時半にホテルを出発した。昨日半日潰れたので今日はコースを変えて、住用地区のマングローブパーク、瀬戸内地区、大和村を廻ることにした。宇検村は、見るべき場所が少なく、時間も限られていたので、今回ツアーではパスとした。

ひかんざくらが咲いていた

 住用地区に行く前に、納経帖持参していたので名瀬地区の高千穂神社に詣でた。幸い宮司さんがおられたので、大島の寺社で有名なところをとお聴きすると、この神社以外にたくさんの寺社があるが殆ど宮司さんも住職さんもいらっしゃらない場合が多いとのこと。神社で2番目に大きいのは瀬戸内地区の古仁屋高千穂神社があるが、宮司さんは居ないかもしれないと言われた。今日瀬戸内地区に行く予定があると言うと、連絡して居て貰うようにしましょうか?と、とても嬉しい返事。しかしながら、時間もはっきり決められないので、嬉しい話だったが丁重にお断りをした。鹿児島県の皆さんはなんて親切なのだと、再度実感してしまった。高千穂神社では、ご朱印をいただけた。神社の庭には、梅ではなく、既に桜が咲いていた。

広大な森と湖が広がっている

 次に向かったのは住用のマングローブの森。到着する5分ほど前から、スコールのような雨が降り出した。折り畳み傘なので、藹藹傘では間に遭わないので2本も使ってしまった。ホテルでまともな傘を借りてくればよかった。
 森の中では”りゅうきゅうあゆ”をメインにして、マングローブの森近辺の自然の驚異と営みをわかりやすく解説したシアターを鑑賞。15分ほどで終了したので外に出てみると幸いにも雨は上がっていた。出口からは広大な自然が広がっていた。最初にいたのは、住用地区民と思われる老人たちが10数人、「グラウンドゴルフ」を楽しんでいた。マングローブの森の川を横切るカヌー体験もできたが、dachs飼主たちは、時間の都合でパスした。時間だけではなく、カヌーは一乗りでも二人乗りでも、カメラの捜査撮影が難しそうだったのも理由になる。200段以上の階段を上って森の展望台に上がって森の全景を俯瞰した。すごく大きい森だった。

海岸には砂でなく丸い石

 住用地区を離れ、次は瀬戸内地区に車を走らせた。最初はホノホシ海岸。ちょっとした見落としがあヤドリ浜に間違って行ってしまったが、すぐにもどって丸い石浜で有名な海岸に到着。ほんとに海岸に砂は無くて、すべて丸い石で海岸が覆われていた。

 ホノホシ海岸を出て、マネン碕展望台から大島海峡を一望し、ハートが見える風景では、嘉鉄湾がハート形に見そうだった。
 周りを楽しみながら、瀬戸内の中心地古仁屋に向い海岸べりにある2階のレストラン「瀬戸内海の駅」。ここでは大漁海鮮丼定食を食す。古仁屋湾ではマグロ養殖が盛んで、メインの魚は本マグロでそのわきを白身の魚が覆っていた。

ぼれぐらと読む

 さらにあと、行ってない大和村の「大和浜の群倉」まで、脚を伸ばしてきた。金釘を一本も使用してない、柱はかんなで削り上げているので足掛りがなく「ねずみ」が登れない、風通しがよいので[貯蔵物]の保ちがよい、大風のときは揺れるけれども倒れ難い、火災のときは下部の貫木をはずすと容易に倒すことができるなどなどの特徴を持つ歴史的建造物で、5棟が建っていた。
 本日はこれでドライブを終了し、午後5時にはホテルに戻ってきた。明日は千葉に帰るので観光はできないが本日までの3日間で「笠利・龍郷・名瀬・住用・瀬戸内・大和」の一部は観に行くことができた。

大きな貝で吃驚したが、味と触感は良い

 今夜はホテルの近くの居酒屋「むちゃかな」でビールと焼酎「高倉」で「あおさ・もずくのてんぷら」、「やぎ汁」「ハンダマ餃子」「夜光貝の刺身」などなど奄美名産を昨日の下痢にもかかわらず、腹に入れてきた。
 明日、元気に帰る準備は万端となった。写真もスデにUP出来てますので見てください。

奄美2日目

2017 年 1 月 23 日 月曜日

 残念ながら、今日も風が強い。その中で時には晴れ間がある所為か、温度は高い。朝の天気予報では本土鹿児島では雪の予報が出ていた。約400キロくらいしか離れてないのに温度差が15度を超えるようだ。
 朝食はバイキング形式で、ハムが無いなどバラエティはそれほど豊かでなかった。しかし、パンの種類が多く、味も自家製のようで濃い味が満足感を呼ぶ。近くで食べている人も「パンがとっても美味しい」と言っていた。オレンジジュースもフレッシュでモーニング元気がでてくる。今日は龍郷村、名瀬地区、大和村、宇検村の各地区をロングドライブする予定。

大きな潮だまり

 外は風が強かったのと、朝食がうまくて長居したため、チェックアウトタイムは9時を若干過ぎてしまった。まず、近くで行く場所を探すと、本日23日(月)の干潮時期は午前9時半。同じ龍郷町の「ハートロック」はホテルから数キロの距離なのでさっそく向かった。昨日周った笠利地区は奄美市だが、龍卿町は大島郡の町になっている。車は奄美NOと鹿児島NOがあるのはその理由かもしれない。ハートロックは手広海岸の一部なのだが、案内看板もなく、現地に行ってもなんの告示もしていない不思議な名所になっている。おまけに引き潮の時にしか現れない「ただの潮溜まり」なので、観に行ける人はハッピーと言える。実際に海岸に行く道には2本の短い白ポールの一方にだけ、小さな文字で有志が書いてくれたようなよく見ないとわからない小さな古ぼけた文字が張ってあるのみ。そこから「クワズイモ」や「アダン」の多く植生しているジャングルのような道を海岸まで進むと右側にハートロックがありそうな場所がある。幸い干潮時期だったので、数名が集まっていたのですぐに分かった。写真の通りの水たまりの形がハートの形をしている・・・ただ、それだけの隠れたパワースポットらしい。砂浜には綺麗な貝殻がいっぱい散らばっていた。
 そのあと、龍郷町の北部にある「西郷南洲謫居跡」を訪れた。謫居とは罪によって自宅に引きこもったり遠くの土地に流されたりすることで、たっきょと読む。最初は「蟄居ちっきょ」と勘違いしていたが謫居は初めて知った。管理の老人が大変詳しく謫居前後に至る詳しい説明を丁寧にして戴いた。昨日からも思っていたが「島人(しまんちゅ)」の皆さんは誰彼なしにとても旅人に親切でとっても嬉しい。それは以前、鹿児島の歴史博物館(?)を訪れたときにも感じたが島人だけでなく鹿児島県人も非常に親切だと思う。
 その後、「ソテツバショウの自生地」に向った。ソテツの赤い実も実際にみることができた。風がとても強くなったり、時折雨が降ったりと悪条件もあった。しかし、すごい蘇鉄の山は頑丈に生えて、昔は多少の毒があっても奄美の人々の食料になっていた、という悲しい話がある。
 昼にはまだ時間があったので、スーパービッグⅡで奄美の土産物を探す。5000円買えば送料がゼロになるというので、いろいろと選択すれど、自宅と知り合い仲間用に6000円弱の買い物をして、自宅に配送して貰えることになる。船便などを使うようで、到着予定は26日とのこと。25日中に帰るのでちょうどベストタイミングとなる。
 隣に奄美の大きな蝶の観れる「フルフラガーデン」に寄った。蝶ハウス

日本最級の蝶らしい

では日本最大級の大きさとされる「オオゴマダラ」蝶が乱舞していた。蛹も幼虫もみることができた。

ひかんさくらと呼ぶ種のこと

 お昼になったので町内の「島とうふ屋」で昼食。湯葉や豆腐のバラエティが豊かな島とうふ定食など頼んだ。ところが、dachs飼主のおなかの調子が悪くなり、頼んだ料理のほとんどが食べきれなくなる事態が突如発生。ツレアイが近所の薬屋まで走り、下痢止めを買ってきてくれたが、調子は良くならず、豆腐屋の庭にある桜を観ただけで、ホテルに戻った。今夜の宿「名瀬のホテルニュー奄美」はチェックインが正午からなので、残念だがホテルに早めに入った。2時間ほど寝て落ち着いたので名瀬の賑やかな街並みを散策してきた。風が強く雨も降ったが、名瀬の街並みは笠利や龍郷のローカルさとは相当違っていた。本日走行は半日だけだったので40キロで車の走行距離数は延べ110キロを指していた。
 ホームページに即日写真をアップできたので、時間があれば観てほしい。

奄美初日

2017 年 1 月 22 日 日曜日

 いつものように、朝7時にペットホテルに愛犬を預けてきた。昨日まで調子が悪かったのだが、ふたりとも機嫌よくてスタッフさんにいつもより喜ぶ美味しい餌と目薬などを渡してお願いしてきた。その足で駅前駐車場に車を置いて、午前7時41分の成田空港行特急に乗車、空港第2ビルには8時08分に到着した。
 第3ターミナルまでは約700メートルを徒歩で進む。やはりLCCに乗るには色々とハンディキャップがある。第三ターミナルはLCC専用駅なので、倉庫のような造りで頑丈だがコストコライクな寒い感じを受けた。バニラエアー811便9:40発で奄美空港に到着したのは12:50。成田の滑走路渋滞と向かい風の影響で25分遅れとなった。

奄美空港に入るとこの看板が印象的でした

成田では快晴だったが奄美の天候は曇り。気温は15℃とのこと。
 1時過ぎに奄美レンタカーで平成20年製日産マーチ走行15万キロ超を借りた。格安レンタカーというだけあって帰りまでの4日間を保険料込みで9500円と超格安。小さな傷の確認をしてまずは昼食。15分ほど走って元祖鶏飯の店「みなとや」で鶏飯を食す。鶏の出汁が良く効いて美味しい。これならごはん3杯はいける。おなかが満たされたので、大島最北部に向かう。崎原海岸はちょっと外れにあるのでパスしてしまった。東シナ海を一望できるのは、明日の龍郷町・宇検村、明後日の瀬戸内村でももっと良い景色が拝めると思う。

 20時30分過ぎに錦織がフェデラーにフルセットの末に負けてしまった(残念)

この店は元祖鶏飯の店だそうだ

 まず、蒲生崎観光公園に向おうとしたが、風が強くて諦めた。とても強い風で海が波立っている。緑色の海と白い砂浜でとても南国を感じさせるが、そこがとても残念だった。昨日、奄美大島に一足先に入ったTさん夫婦も本日、加計呂麻島(かけろまじま)観光をしようと瀬戸内地区の港に向ったのだが、風が強くて欠航となったそうだ。止む無く、竜宮伝説で有名な笠利崎灯台に行って、亀と浦島太郎の像に拝礼してきた。亀の左右前後の足を撫でれば、それぞれで良いことが叶うと記してあったので、思い当たる希望に沿って贅沢にも数か所を撫でてきた。
 風が強く車外に出るのが億劫なので、あやまる岬と土盛海岸もそばを横切ってきただけ・・・。
 大島の北側から東海岸に沿い空港を再度超えると、15:30頃に奄美パークに到着した。ここでは奄美の動植物の自然美を観たり、島の人々の生活や慣習を勉強させて貰った。

色は南国の海だが・・・

 午後5時を廻ったので、今夜のホテル「ホテルカレッタ」にチェックインして、珈琲タイム。ホテルで夕食も平凡と思い、近くのレストランや食堂を探し、4軒ほどあちこちまわったがすべて外れ。日曜の午後7時というのに、探した店以外も、食事のできる店は全く無かった。ライトをアップして30キロは奔り廻っても成果はなし。本日の走行キロ数は無駄な走りも多かったが70キロとなった。 しかたなくて、ホテルのレストランで夕食をとった。ここはここで美味しかった。特に珍しいもずくの天ぷら、近海魚の刺身、奄美で取れる巻貝トピンニャの塩茹でしたのが美味珍味で嬉しかった。
 レンタカーデ気づいたのは、古い車のカーナビは道や店が更新されてないので、電話番号検索で引っかからなかったり、新しい店が載ってないことがある。今日はそれでも反省が多かった。
 明日は風がおさまってほしい。
 今日は時間があったので、ホームページに即日写真をアップできたので、時間があれば観てほしい。